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カテゴリ:ライフ( 36 )
情報過多
インターネットを開くことに時々ものすごい恐怖感を覚える。
久々にあわただしくブログを更新したのも
最近がその恐怖感におそわれてるかもしれないから。
なかなか自分のブログにすら手をつけられ苦なってしまっている状況。

インターネットを開くと無意識的に得てしまう情報が多すぎて
情報の選択もできない。
多すぎる情報に自分のペースが狂わされそうな感覚が
恐怖感になってるのだろうか。
しかしメールのチェックは定期的にでもやらないと
浮き世離れしてしまうし、チャンスも見過ごしてしまう。
バランスが重要。
また自分の神経の細さに落ち込んでしまう。

/jinko/

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by 2ldk-satellite | 2005-03-18 07:19 | ライフ
非日常の空間
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白州の帰り、高速道路に降り立つ。
不運にもパンク。原因不明の非常事態。
にして非日常事態。

高速道路では、周りとのスピードに協調性を持たせるのが鉄則。
しかし、普段走っているときは、そのスピード感がいかなるものかわからない。
同乗者たちとの感想より、意外にもそのスピードに鈍感だったのは
私が自動車免許を持っていないから!?
わたしも早くスピード感じたい!

/jinko/

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by 2ldk-satellite | 2005-03-02 20:54 | ライフ
田舎居住journal/01-end!?
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03:30-中目黒→白州の家 with ナカサアンドパートナーズ
都会の喧噪を背に、山梨県は白州へ。
早朝にも関わらず、
山手通りには車のネオンと、いつ終わるの!?っていう工事現場の照明。
もうなんだか、人の気配っていうものより人工の光という即物的な感覚でしかない。

白州の日の出は、街灯の光でさえ星に感じてしまうほど、
まだ、暗い。
けれど、農家のおじさんや犬のさんぽにつきあってる人に
都会よりも人の気配をここそこに感じてしまう。
都会で感じるのは物が動いてる、ということ。
ここではダイレクトに人の動きだけが見られる。

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白州の家に住む人は、
都会生活者にして、山をこよなく愛し、週末毎に白州へ生活の場を移動する人。
生活の場所を時間によって移そう、という発想が都会生活者の証だと思う。
それにしても、生活臭のするモノが多く存在する家。
生活の場、だけでなく、モノがないと生活できないのだろうか。
最低限のシンプルライフだけではだめなのか。
設計者としてライフスタイルまで提案する事は、設計者のエゴなのだろうか。
山という自然は、都会には持って来れないから
生活の場所をそこに移す。
山を身近に置いて愛でながら時間を過ごす。
そういうシンプルなコンセプトの家だと思ったのだけれど…。
実際は。。。”家”と”生活”の差は激しい。

/jinko/

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by 2ldk-satellite | 2005-03-02 06:53 | ライフ
都市居住journal/02
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23:45-@イデー SERVICE STATION
遅めの夕食を取る。
翌朝早朝の約束の時間までの時間つぶし。
近くに住む友達に連絡を入れて、
久々に学校の外で会う。
流動的な生活空間は、
時として、”夕食を採る”ことと、”友達に会う”こと、
2つの行為の機会をもたらしてくれる。
○○しながら△△する。
なんだか、1つの時間で違う事を2つ一緒にすることは、
少し貧相な時間の使い方な気もする。貧乏性。
こういう都会の過ごし方もあるのか。
こういうことが都会での時間の使い方ということか。
という感想。
都会には、ものも人もあふれていますから。
手を伸ばせばいろいろ同時に届くものなのだと。

ところで、今回初めて行った下馬のイデーですが、
3/31を持って、カフェが営業終了するとのこと。
夜中行った性もあるかもしれないけれど、
なんとも気持ちのよいカフェでした。
1Fの窓側の席なんか特に、春の日差しにあたりながらお茶すると良いかも。
cafe好きの私ですが、久々のカフェで、
しかも3年間くらい行きたいと思い続けて機会がなかったカフェということもあって、
かなりテンションあげあげ↑でしたが残念↓です。。。

/jinko/

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by 2ldk-satellite | 2005-03-01 23:45 | ライフ
都市居住journal/01
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050224thu
a.m.11:00-@VIRON
朝食を外食にする。
ご飯を家では食べないという事。
学校で寝起きをすることも多々ある身としては、
炊事ができない場所では、
食の確保が難しい。
コンビニでの食事だけで、どんなクリエイティブな活動ができるのだろうか。
かといって、おしゃれなカフェでの食事もお金が続かない。
都会に住むという事は、
いつも何かがうごめいているモノの中に住処がある、という事だと思う。
その動きに身を任せて、
流動的に自分の食を確保する場所を変える。
これが都市居住でのキッチン/食堂になるのかな。

/jinko/

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by 2ldk-satellite | 2005-02-24 11:20 | ライフ
居住通信
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はじまりは此れ。
相方の卒業制作である。
一年越しの卒制。
建築という専門に身を置きながら、
相方の出した答えは設計でも構造解析でもない、
いわゆる「工学」ではない建築的見解。

専門家向けの建築専門雑誌と
建築を流行の一端と捉えたサブカルチャー雑誌。
そして、建築を必要として代価を払い、そこで生活していく人は、
建築専門家も流行を追い求める人も含む私たちみんなである。。。
そんな、無防備で受動的な私たちに向けて、
建築雑誌は、はたまた建築情報を発信するメディアは、
私たちの暮らしに何を伝えてくれているのだろうか。

居住通信という雑誌/新聞/フライヤーを配布する、
という制作(運動)を通して、
「もっともっと家を持つ事、住まう事に興味をもってほしい。
赤ちゃんのプレイルームから、
おじいちゃんおばあちゃんの終の住処まで、
住み手の意識を高めたい。」
と感じました。
相方は、建築ジャーナリズムを通して、
私は、建築設計を通して、
お互いの道を進みながらも、
帰り着くところはここなのかもしれません。。。
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by 2ldk-satellite | 2005-02-12 02:14 | ライフ