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ケイタイ水没
連絡が取れないという事。
それは、やっぱり縁が切れる、という事にもなります。
今だと、携帯電話と携帯メールの他に、
パソコンでのメールとか特定のBBSとかblogを通せば、
誰かしらとつながる事が出来るけれど、
おじいちゃんおばあちゃんが若かった頃、
戦時中とか特に、誰がどこにいるのか、消息がわからない人がいっぱいいたはず。
そう思うと、何かアクション起こせば誰かと容易につながる事が出来る世の中では一人になれることってそうそうないのかな。
普段人とつながっていることが当たり前の世の中だからひきこもりっていうことばが浮き出るのだろうか。

携帯をトイレに落としメモリを水死させてしまいました。
もちろん、酒気を帯びていました。
そのときは元カレとの縁が一方的にでも切れた事をうれしく思い、
笑いながら一緒にいたaiに"トイレに落としちゃったー"とか言ってた記憶があります。
けれど、だんだん酔いが醒めてくると、
携帯にメモリがない事に不安も感じるけれど、
普段から頻繁に人と連絡を取っていた事にも不安を感じてしまう。
本当に独りになったらどうしよう。。。

ちなみに、
携帯は修理に出してinfobar anninは新品になって戻ってきました☆
annninのシンプルさよろしく、メモリも相変わらずシンプルです。。。

/jinko/

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# by 2ldk-satellite | 2005-03-04 07:02
都市居住journal/03
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050304
06:30-朝マック@渋谷
またしても朝食外食。
普段食べるマックには、食をつなぐためのもの、という感覚でしかないが、
朝マックは、少々豪華に感じてしまう。
朝食は、”早く”食べなくてはならないもの、というのが都市生活者の暗黙の了解なのだろうか。
”早く”を求めるが故に、朝食を抜いたり、朝食のチョイスに手を抜いたり。
だけど、朝食は大事です。
一日の最初のお仕事は”ちゃんと朝食を採る事”。
これを真っ当にこなすことは結構大変な事なのかも。

と考えつつも、話は行った事もない金沢の美術館とsanaaについて。
オールしちゃったM田君と朝から熱い建築talkをして、10時のau shopの開店を待ちました。。。

/jinko/

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# by 2ldk-satellite | 2005-03-04 07:00
非日常の空間
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白州の帰り、高速道路に降り立つ。
不運にもパンク。原因不明の非常事態。
にして非日常事態。

高速道路では、周りとのスピードに協調性を持たせるのが鉄則。
しかし、普段走っているときは、そのスピード感がいかなるものかわからない。
同乗者たちとの感想より、意外にもそのスピードに鈍感だったのは
私が自動車免許を持っていないから!?
わたしも早くスピード感じたい!

/jinko/

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# by 2ldk-satellite | 2005-03-02 20:54 | ライフ
田舎居住journal/01-end!?
050302
03:30-中目黒→白州の家 with ナカサアンドパートナーズ
都会の喧噪を背に、山梨県は白州へ。
早朝にも関わらず、
山手通りには車のネオンと、いつ終わるの!?っていう工事現場の照明。
もうなんだか、人の気配っていうものより人工の光という即物的な感覚でしかない。

白州の日の出は、街灯の光でさえ星に感じてしまうほど、
まだ、暗い。
けれど、農家のおじさんや犬のさんぽにつきあってる人に
都会よりも人の気配をここそこに感じてしまう。
都会で感じるのは物が動いてる、ということ。
ここではダイレクトに人の動きだけが見られる。

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白州の家に住む人は、
都会生活者にして、山をこよなく愛し、週末毎に白州へ生活の場を移動する人。
生活の場所を時間によって移そう、という発想が都会生活者の証だと思う。
それにしても、生活臭のするモノが多く存在する家。
生活の場、だけでなく、モノがないと生活できないのだろうか。
最低限のシンプルライフだけではだめなのか。
設計者としてライフスタイルまで提案する事は、設計者のエゴなのだろうか。
山という自然は、都会には持って来れないから
生活の場所をそこに移す。
山を身近に置いて愛でながら時間を過ごす。
そういうシンプルなコンセプトの家だと思ったのだけれど…。
実際は。。。”家”と”生活”の差は激しい。

/jinko/

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# by 2ldk-satellite | 2005-03-02 06:53 | ライフ
都市居住journal/02
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050301tue
23:45-@イデー SERVICE STATION
遅めの夕食を取る。
翌朝早朝の約束の時間までの時間つぶし。
近くに住む友達に連絡を入れて、
久々に学校の外で会う。
流動的な生活空間は、
時として、”夕食を採る”ことと、”友達に会う”こと、
2つの行為の機会をもたらしてくれる。
○○しながら△△する。
なんだか、1つの時間で違う事を2つ一緒にすることは、
少し貧相な時間の使い方な気もする。貧乏性。
こういう都会の過ごし方もあるのか。
こういうことが都会での時間の使い方ということか。
という感想。
都会には、ものも人もあふれていますから。
手を伸ばせばいろいろ同時に届くものなのだと。

ところで、今回初めて行った下馬のイデーですが、
3/31を持って、カフェが営業終了するとのこと。
夜中行った性もあるかもしれないけれど、
なんとも気持ちのよいカフェでした。
1Fの窓側の席なんか特に、春の日差しにあたりながらお茶すると良いかも。
cafe好きの私ですが、久々のカフェで、
しかも3年間くらい行きたいと思い続けて機会がなかったカフェということもあって、
かなりテンションあげあげ↑でしたが残念↓です。。。

/jinko/

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# by 2ldk-satellite | 2005-03-01 23:45 | ライフ
アシタノイエ/アシタノコドモ
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今日の建もの探訪はアシタノイエだった。

いつも遊んでもらっているメジロスタジオのお兄さんたちと
最近研究室のなにやらでご一緒する事が多い小泉先生の共作のお宅。
小泉先生のご自宅です。
オープンハウスにも行ったのだけれど、
そのときは家具も入っていなかったので
正直「住宅っていうか…」と思った。
とにかくどの室も閉じたところがなくて
どこかしらでつながっているので、
室とか部屋、という感じでもなく、
どちらかというとテリトリー。
そこに住人と家具が入って、やっと住宅らしくなる。
住み心地云々は、そのイエに住む人の価値観によるものだと思っているので、
どうとは思わないけれど、
ちょっと面白いと思ったのは、
人気建築家の建てた住宅なので、
いろいろなメディアや見物人がたくさん訪れるということ。
雑誌やテレビのためにカメラを向けられる事が多いイエは、
家なのに一般的に非日常の場となることが多くなる。
毎日ではないけれど
平日でもお客さんが来る家って、
家としてちょっとピリっとした空気になる機会が多いと思う。
住んでいる人もかしこまってしまうし、
いつお客さんが来るかも判らないので、毎日ちゃんときれいにしておかないといけない。
なにげに気の置けない感じ。家なのに。。。
カメラの前では、演じなくてはならないときもある。
テレビ収録の話を後で聞いたとき、
小泉先生のお嬢さんにピアノを弾かせるのが大変だったという。
気分がのらなかったので…
普通日常で誰かを意識して何かをすることってあまりないから、
ごく自然なことだと思う。
(でも上手に演じられていました、弾けてました。かわいかった〜!)
そんなアシタノイエで成長していくお子さんたちはどんな大人になっていくのか、
興味津々です。
ある日突然キレておうちが嫌いになっちゃわない事を(勝手に)祈ります。

ところで、テレビ放映後、
さっそくメジロさんの事務所に電話があったようです。
非通知で誰だか名前も名乗らなかったようなのですが、
自分建てたモノが(誰だかわからなかったようだけど)どこかに影響して
反響が自分のとこに返ってくる、って
建築屋さんを目指すわたしには素直に理想的なことです。
うらやますぅい〜。
早く建てる機会を得てみたいです。。。
でも学生もそうそう捨てがたい。。。

/jinko/

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# by 2ldk-satellite | 2005-02-27 01:09 | リビング
都市居住journal/01
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050224thu
a.m.11:00-@VIRON
朝食を外食にする。
ご飯を家では食べないという事。
学校で寝起きをすることも多々ある身としては、
炊事ができない場所では、
食の確保が難しい。
コンビニでの食事だけで、どんなクリエイティブな活動ができるのだろうか。
かといって、おしゃれなカフェでの食事もお金が続かない。
都会に住むという事は、
いつも何かがうごめいているモノの中に住処がある、という事だと思う。
その動きに身を任せて、
流動的に自分の食を確保する場所を変える。
これが都市居住でのキッチン/食堂になるのかな。

/jinko/

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# by 2ldk-satellite | 2005-02-24 11:20 | ライフ
居住通信
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はじまりは此れ。
相方の卒業制作である。
一年越しの卒制。
建築という専門に身を置きながら、
相方の出した答えは設計でも構造解析でもない、
いわゆる「工学」ではない建築的見解。

専門家向けの建築専門雑誌と
建築を流行の一端と捉えたサブカルチャー雑誌。
そして、建築を必要として代価を払い、そこで生活していく人は、
建築専門家も流行を追い求める人も含む私たちみんなである。。。
そんな、無防備で受動的な私たちに向けて、
建築雑誌は、はたまた建築情報を発信するメディアは、
私たちの暮らしに何を伝えてくれているのだろうか。

居住通信という雑誌/新聞/フライヤーを配布する、
という制作(運動)を通して、
「もっともっと家を持つ事、住まう事に興味をもってほしい。
赤ちゃんのプレイルームから、
おじいちゃんおばあちゃんの終の住処まで、
住み手の意識を高めたい。」
と感じました。
相方は、建築ジャーナリズムを通して、
私は、建築設計を通して、
お互いの道を進みながらも、
帰り着くところはここなのかもしれません。。。
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# by 2ldk-satellite | 2005-02-12 02:14 | ライフ